ネオクラシカルな日本のうたの曲解説シリーズ。
今回は、木下牧子作曲・三好達治作詞の「鴎」です。
作曲の木下牧子さんって?
現在も活躍されている、特に声楽曲・合唱曲が人気の作曲家さん。
木下牧子さんについてはこちらの記事をご覧ください。
作詞の三好達治さんって?
三好達治さんは、時代を遡り、戦前~戦中~戦後を生きた詩人です。
三好 達治(みよし たつじ、1900年(明治33年)8月23日 – 1964年(昭和39年)4月5日)は、大阪府大阪市出身の詩人、翻訳家、文芸評論家。
三好達治さんは、全国を転々としながら詩をかかれていたそうです。
そして、戦時中は戦争詩(戦意を鼓舞するための詩)もたくさん書かれています。
「鴎」の詩
では、詩をみてみましょう。
鴎
つひに自由は彼らのものだ
彼ら空で恋をして
雲を彼らの臥所とする
つひに自由は彼らのものだ
つひに自由は彼らのものだ
太陽を東の壁にかけ
海が夜明けの食堂だ
つひに自由は彼らのものだ
つひに自由は彼らのものだ
太陽を西の窓にかけ
海が日暮れの舞踏室だ
つひに自由は彼らのものだ
つひに自由は彼らのものだ
彼ら自身が彼らの故郷
彼ら自身が彼らの墳墓
つひに自由は彼らのものだ
つひに自由は彼らのものだ
ひとつの星をすみかとし
ひとつの言葉でことたりる
つひに自由は彼らのものだ
つひに自由は彼らのものだ
朝やけを朝の歌とし
夕やけを夕べの歌とす
つひに自由は彼らのものだ
詩・三好達治
こちらは、三好さんがかかれた原作の詩となります。
楽譜には「※作曲の都合上一部変更があります」と記載があり、
歌詞と原作の詩を見比べると、3連目の「太陽を西の~」と4連目の「彼ら自身が~」が入れ替わっていたり、「つひに自由は彼らのものだ」がいくつか省略されていたりします。
この詩、何も知らずに読むと、意味はわかるけれど謎も多いですよね。
タイトルは「鴎」なので、詩の中の「彼ら」は鴎なのか?
「つひに自由は彼らのものだ」が何度も何度もでてくるけど
なぜ「つひに」なのか。今まで「彼ら」は自由ではなかったのか。
詩の背景に、何か強い想い、強い願いがあるような感じがあります。
詩がかかれた時代背景
戦争中には戦争詩も多くかかれていた、作詞の三好達治さん。
戦争を賛辞し、戦意を高めるための詩です。
(当時の有名な詩人たちはほとんど皆、戦争詩を書かされていたそうです)
三好さんは、学徒出陣する学生たちの前で講演なども行っていましたが、
「なぜ、君たちのような若者を戦場に送らなければならないのだ…」
と、号泣してしまったこともあったそうです。
戦争詩も、その時代を生きる中でやむを得ず、不本意に書いていたのだろうと推測できます。
この「鴎」は、戦後まもない昭和21年(1946年)に発表されています。
「鴎」や、詩の中にでてくる「彼ら」は、戦争で亡くなっていった若者たちを表しており
彼らへむけたレクイエム(鎮魂歌)だとも言われています。
そう考えてこの詩を読んでみると、読み方が変わってきますよね。
何度も何度も繰り返される「つひに自由は彼らのものだ」
そこに込められた想いに胸が締め付けられます。
「鴎」と三好達治
この詩についてネットで色々調べていたら、興味深い論文をみつけました。
日本近代文学研究者で大妻女子大学教授の、飛高隆夫さんの論文です。
「鴎」という鳥は、この詩だけでなく、三好達治が生涯に書いた詩に多く登場しているようで、
この論文では、その「鴎」に焦点をあて、鴎が何を意味しているのかを考察しています。
今回ご紹介している詩について書かれた箇所を引用します↓
この詩には、見る通り、別に難しいところはない。空と海との間の広々とした空間を自分たちの世界として、自由自在にふるまい、生を楽しんでいる鴎の自由さを称えたものである。(中略)
こうして、彼らはすべての運命からも解き放たれ、完全な自由を獲得したのである。これこそ、詩人三好達治にとって、絶対的な理想の境地であろう、絶対に到達不可能な――。それを三好は、鴎に託して夢を見たのである。
「絶対的な理想の境地であろう、絶対に到達不可能な――」というのがとても刺さります。
「鴎」の詩の世界は、理想的だけれど、どこか現実離れしているような世界です。
三好達治さんが「こうあってほしい」と願った世界。
亡くなった若者たちには、その理想の世界へ行ってほしいと祈っていたのかもしれません。
また、戦前にかかれた別の詩、「鴎どり」についてはこう書かれています。
運命に逆らいながら、圧倒されながら、なお、何か大切なものを求め続ける、そういう意志的な存在として、鴎が表現されているのである。
そして三好達治は、「鴎」を自分自身にも重ねあわせていたそう。
逆らいたい運命とは、戦争のことも言っているのかもしれません。
詩にでてくる「鴎」は「戦争で亡くなった若者たち」であり、
また「三好達治自身」でもあったんですね。
そう思って詩を読んでみると、またひとつ深い味わいが出てきます。
また、この論文には詩の解釈として、以下のような記述もあります。
第五連の、「一つの星をすみかとし/一つの言葉でことたりる」の二行には、この詩が書かれた時代の思潮を背景に置いてみると、世界一国家への夢想をここに読むことも不可能ではない。
この「一つの星をすみかとし~」の部分が今まではしっくりきていなかったのですが、
この解釈、私はとても腑に落ちました。
「同じ星に生まれた同じ人間なのに、なぜ争いをやめないのか」
多くの人がそう思っているのに、今だに叶わないことですよね。
また、今の日本に生きていると忘れてしまいそうになることでもあります。
この詩から、この解釈から、改めて思い出せてよかった。
木下牧子さんの曲と、讃美歌115番
この詩に、木下牧子さんはこのような曲をつけています。
Official Youtubeから音源をお借りしました↓
穏やかだけど力強い。
この詩に込められたものが昇華されていくような、祈りのような曲だと感じます。
この曲を歌ったり聴いたりしていると、なぜか思い浮かぶ曲があるんです。
クリスマスキャロルとして有名な、讃美歌115番「ああベツレヘムよ」
LiberaのOfficial Youtubeから、素敵すぎる音源をお借りしました↑
クリスマスの時期になるとよく流れているので、聴いたことがある方も多いのではないでしょうか?
美しく、心洗われる讃美歌です。
「鴎」を聴くと、この曲が思い浮かぶんですよね~。どことなく似ているような気もします。
(今聴き比べると、同じ調で、テンポも同じくらい。でもそれだけじゃない感じがするんだよなあ)
讃美歌も、いわば「祈りの歌」ですよね。
木下牧子さんが意図されたかはわかりませんが、
讃美歌のような神聖な雰囲気が、この曲にはあると思います。
おわりに
合唱曲としても、独唱曲としても人気の高い「鴎」
掘り下げてみると、色んな想いがつまった、壮大な詩と曲でした。
戦争を経験していない私には、ほんの一部分を想像することしかできませんが
戦争で若くして亡くなっていった方々への祈りを込めて、
また、戦争のない世界への願いを込めて歌っていきたいと強く思いました。
本当に素晴らしい1曲です。
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それでは、最後まで読んでいただきありがとうございました♪
※2021.11.18追記
この曲のタイトルの漢字について
「かもめ」という漢字は、「鴎」「鷗」と2種類あって、
この曲のタイトルには、楽譜によってどちらの漢字も使われているようなんです…。
(私の載せている写真の楽譜のタイトルは「鷗」となっていますね…!
しかし、比較的新しい楽譜だと「鴎」と書かれています)
なので、迷いましたが、
こちらの木下牧子先生の公式HPでは「鴎」の漢字で曲名の記載がありましたので、
この記事では「鴎」の漢字で統一させていただいています!
よろしくお願いいたしますm(__)m
「鴎」ではなく、「鷗」です。解説を書かれるのであれば、変換は正しくされた方が良いと思います。
通りすがり様
コメントありがとうございます!
そして、ご指摘も頂きありがとうございます。
調べてみましたところ、楽譜によって「鴎」「鷗」とどちらの漢字も使われているようなんです…。
(確かに、私の載せている楽譜のタイトルは「鷗」となっていますね…!ですが、比較的新しい楽譜だと「鴎」と書かれているようなんです)
なので、迷いましたが、こちらの木下牧子先生の公式HPでは「鴎」の漢字で曲名の記載がありましたので、
この記事では「鴎」の漢字で統一させていただきたく思います。
http://www.m-kinoshita.com/pg134.html
ご指摘頂くまで漢字が2種類あるのに全く気づいていなかったので、とても勉強になりました。
今後、漢字にも注意して解説をしていこうと思います。
ご指摘いただきありがとうございました!